昭和42年6月28日 夜の御理解


 今日は丁度五時でございました。伊万里の竹内先生がおかあさんとそれから新しくお導きをされた方と一緒に三人でお参りがあった。まぁいろいろお取次さして頂いて、その後にお婆ちゃんがお届けをされますのに、今朝方からお夢を頂いたというお夢のお届けをしておられました。それがその、私がそんな風に思っておるからだろうかと言っておられましたが、本当にあの合楽のお広前がまちっと近かったら、まちっと近かったらと言うのが、いつもその心にかかっておる。そしたらあの神様からいわゆるあの、遠いも近いもない。いわゆる頼む心に隔てなく祈れという意味の事でございましょうが、
私その事を頂きよったら御心眼にあの矢立という、あの矢立というのがありますよね、あの昔の人が携帯したあの筆と壷の入ったやつです。それをたまたま私丁度机の上に、今日はある用件があって持っていっておりましたら、それを頂くんです。矢立という、心は矢立にはやれどもというとこでしょうね。年をとっておられる。そして遠くはある。何かその便がなからなければお参りができない。今日なんかでも、新しい方のお導きで参ってみえたんですけれども、やっぱりそれについてきておられます。心の中にいつもそういう合楽に合楽にといつも心を通わしておられる証拠であると。
 もう朝晩御祈念をさしてもらう時には、ちょっとその親先生お取次をお願い申しますというと、もう本当にあの親先生を目のあたりにお取次頂かして頂く思いで、朝晩の御祈念はもう誰がどう言うときでも寝静まった後でも、これだけは私あの欠かした事はないというておられましたが、それでもやぱり思われるのは、いわゆる矢立に心ははやれども、というほどに心はやのように合楽へ合楽へと通うて、おると言うこと。
 けれどもそこんところをです、いわゆる矢立である。いつもこの携帯しておるということ。いつも持って歩かれておるということ。目を閉じるところに、もう合楽のお広前があり、目を閉じるところに親先生のお取次が頂けるのである。という心を開けよというそのおかげを頂いておられますですね。
 そこで私共思うんですけれども、ならここの近所におる人、そばからお参りをしてくる人、いやこのお広前内で生活をさせて頂いて、朝晩お広前にお引き寄せを頂いて御祈念をさしてもらう、お取次を頂いておる人達、ただ私は何とはなしにそれが習性のようになり、唯夜の御祈念の時間になったから何とはなしに、ここにぞろぞろと集まってくる。唯朝の御祈念になったから、お参りと御祈念をさして頂いておるということにです、何の感激も無い、こういうお膝下で信心の稽古が出来るということ。しかも直にこうしてご理解を頂かしてもらうと言うこと。ここでほんとに信心の稽古が、ここのいわばここで出来ておるということにです。私は有り難いものを感じられなかったら、それは遠隔地から心を矢立に走らせてです、合楽、合楽と思うおる人達よりもよっぽど、私はつまらん信心だと思うですね。
心が疲れる。身体が疲れる。やっとかっとというような信心であったら、もう例え側に神様を頂いておっても、いわゆる実感として自分の心にいわゆる神様を矢立のように心に頂いていないとするならばです、これはかえってお粗末な信心になっておるということになるのである。
 そこで私は思うのですけれども、その伊万里の竹内先生とこのお婆ちゃんがです、本当に合楽がまちっと近かったらとそういつも心を通わせられるような思いで日々、ここのお膝下でです、いうならば信心の稽古を本気でさして頂いたら、素晴らしいことだろうなぁという風に思わせて頂いたんですけれどね。 どうぞ